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戦前の中央気象台長 岡田武松(我孫子市出身)

岡田武松

 9月の集中豪雨は名古屋はじめ全国に大きな天災の爪あとを残した。さらに三宅島の地震・火山灰・豪雨、鳥取西部大地震などこれほど気象災害がクローズアップされた年も珍しい。しかし郷土には、こうした気象災害の防止に尽くした人がいる。我孫子市出身で、戦前の中央気象台長・岡田武松である。

 

理学博士となってからの住まいとなった岡田武松邸。生家は栄橋のたもと

理学博士となってからの住まいとなった岡田武松邸。生家は栄橋のたもと

更地として残る気象送信所

更地として残る気象送信所

柏の気象大学校にある東京レーダー。同校では11月3日から5日に学校祭(紫雲祭)が行われ、一般開放される

柏の気象大学校にある東京レーダー。同校では11月3日から5日に学校祭(紫雲祭)が行われ、一般開放される
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利根川の自然が生んだ気象学者 日本海海戦時の天気予報を担当

 民間でも自由に一般向けに局地天気予報を発表できる「民間天気予報」が自由化されて、現在では国民的花形職業に見える気象予報士。受験資格の制限がないため小学生の中からも合格者が誕生するなど、その人気はうなぎ登り。
 こうした天気予報は昔から生活に深く関わり、予報制度のなかった時代は長年の生活経験や言い伝え、ことわざから上空に広がる雲や風の方向の変化を直接身体で感じて個人的に予測してきた。特に農漁業に従事する人々は、そうした生活の知恵で気象災害から農作物や自分の命を守ってきた。
 昔の子供たちもまた、運動会や遠足の前日には、下駄や靴を飛ばしてその表裏で翌日の天気を占ったり、てるてる坊主を軒下に吊して晴天を祈ったりしたものである。

 近代気象学が緒についたばかりの明治・大正時代は、まだまだ初歩的な気象観測システムの域から脱しきれていなかった。こうした中で活躍した岡田武松は、明治7年(1874)に我孫子市布佐で生まれた。JR成田線布佐駅から徒歩10分、国道356号沿いにある邸跡には、古びた門柱に表札が残っている。
 この屋敷の右斜め前には、後年の日本民俗学の創始者柳田国男が一時期住んでいた。柳田は明治8年(1875)兵庫県生まれ、岡田の1年後輩である。13歳の時、長兄(医者)のいる茨城県布川町へ越し、2年後の明治22年(1889)に布佐に転居した。両親も2年後に布佐へ移り住んでいる。二人の交流は当然だが、柳田は利根川を往来する何百という白帆を見て刺激を受け、「私が風というものを観察し、その名称や方向に特別の興味を引かれ…」(「故郷七十年」)たことが民俗学への目覚めといい、同様にそうした利根川の自然が岡田を気象学にかりたてたのかも知れない。
 明治32年(1899)東京帝大物理学科を卒業した岡田は中央気象台へ入り、翌年同じ帝大法科を卒業した柳田は官界入りした。
 岡田は明治44年(1911)に発表した日本の「梅雨論」で理学博士となり、大正13年(1924)にはこの研究で英国王立気象学会から、気象学者の最高栄誉である「サイモンズ賞」を受賞した。
 その後、岡田は東北大教授を経て大正11年(1920)に海洋気象台(現・神戸海洋気象台)初代台長、翌12年には第4代中央気象台長(現・気象庁長官)となり、昭和16年(1941)まで活躍し、その発展に大きく寄与した。昭和24年(1949)文化勲章を授章し、2年後の26年には柳田も文化勲章を授章している。

 岡田は32歳の時、思わぬ重責を負わされた。日露戦争における日本海海戦時の天気予報である。日本海はどんな天気になるのか。思案の結果、「天気晴朗ナルモ浪高カルベシ」と打電した電文は、日本艦隊に戦勝をもたらせる原動力となった。
 この後、中央気象台長退官後も気象災害の防止に役立つ予報の確立と地方気象官署の整備、気象技術者の養成に力を注いだ。
 新木(あらき)駅から徒歩5分の旧気象送信所もその一つである。昭和13年(1938)に「中央気象台布佐出張所」として一般気象観測とラジオゾンデで高層気象データを収集していた。先ごろまでは南鳥島へ気象情報を送信したり、筑波山頂の観測機器を遠隔操作していたが、現在は更地である。
 また柏市旭町の「気象大学校」は少数精鋭主義で気象庁の幹部候補生を養成している。岡田は全寮制の寮を「智明寮」と名付けて智と明の大切さを説き、昭和31年(1956)83歳で亡くなる寸前まで講師を勤めていた。構内には高さ35mの東京レーダーが建ち、首都圏の気象観測の柱となっている。
 気象観測システムが発達した現代でも、気象災害は発生する。近年は集中豪雨のため、大都市などにこれまで想定していなかったタイプの災害が発生し、新たな対応が求められたりもしている。