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京成本線菅野駅・八幡周辺

日蓮ゆかりの寺を訪ねて中山界隈へ

奥の院(若宮館跡)

 奥の院(若宮館跡)/文応元年(1260年)富木常忍が館の中に法華堂を建てたのが始まりという。弘安5年(1282年)常忍が出家し日常と号し法華寺に。後に本妙寺と合体し法華経寺となり、法華寺は奥の院と称されるように

 縦横に走る鉄道路線を乗り継ぎ、気になる駅で途中下車。周辺を散策しながら、魅力ある街の風情を楽しみます。今回は京成本線・菅野駅で下車、菅野から八幡、そして中山を歩きます。文人の暮らした街と日蓮ゆかりの寺を訪ねる小さな旅です。

 

奥の院境内奥の滝

奥の院境内奥の滝/かつては修行に使われていたという。東日本大震災で一部が破損しているため、普段は滝を止めている

鬼高遺跡

鬼高遺跡/ニッケコルトンプラザ横、住宅に囲まれるように残る古墳時代後期(5世紀後半)の海辺の集落遺跡。市川市指定史跡

子之神社

子之神社

子之神社/住宅街の中、小高い丘の上にある小さな神社。境内から市内が一望できる(上段写真)。文永年間(1270年代)の建立と由緒書に

白幡天神社

白幡天神社

白幡天神社/治承4年(1180年)、源頼朝がこの地に源氏旗印の白旗を掲げたことが社名の由来と伝わる。境内には永井荷風の文学碑(下段写真)も

プチレストラン ヒュッテ

プチレストラン ヒュッテ

プチレストランヒュッテ/ハンバーグとステーキがメインメニューの洋食店。写真の和風ハンバーグ(180g・1,000円)は、ソースに味噌を使ったこだわりの一皿。ハンバーグランチ(180g)はスープ、サラダ、パンorライスが付いて950円からとリーズナブルに味わえる
時間/12時~14時・17時30分~22時(土・日・祝日は17時から、ラストオーダーは21時)火曜定休
TEL/047-336-4935

2人の文豪が同じ時を過ごした菅野

 旅の始まりは菅野駅。駅そばの踏切から東に700メートルほどに鎮座する、源頼朝ゆかりの白幡天神社に行くことにしよう。
 境内にある由緒書には、白幡天神社は治承4年(1180年)源頼朝が安房の国に旗揚げの際、この地に白旗を掲げたことから白幡と名付けられたと伝わるとある。また、拝殿の扁額は勝海舟の筆によるものという。
 境内を散策すると、永井荷風の文学碑があった。「松しける生垣つゞき花かをる 菅野はげにもうつくしき里」の短歌と、日記「断腸亭日乗」の一節が刻まれている。南側には幸田露伴の文学碑も。かつて菅野地区に住んだ2人の文豪を顕彰しようと、神社の氏子が平成22年に建立したものだ。露伴は最晩年の昭和21年1月から1年半ほど、荷風は同じ昭和21年1月から13年あまりを市川で暮らした。
 白幡天神社では、毎年2月20日に「湯の花祭り」が行われる。大釜に煮えたぎらせた熱湯を熊笹の大束で参詣者に振りかけ、一年間の無病息災を願うもので、今日では奇祭ともされる伝統神事だ。
 荷風が通った銭湯・菅野湯の前を通り真間川に。川の手前右奥には脚本家の水木洋子邸があり、無料公開されている(第2、4土・日/10時~16時)。八方橋を渡り、真間川沿いを歩こう。春になれば見事な桜並木が見られるはずだ。
 この先、ニッケコルトンプラザ横、住宅に囲まれるように鬼高遺跡がある。案内板によれば5世紀後半の海辺の遺跡で、岸近くの海上に住居を築き、漁撈中心の生活をしていたと考えられるという。

住宅街の小さな神社に絶景スポット

 真間川をもう一度渡り、下総中山駅に向かおう。
 住宅街を抜け、ふと見ると路地裏に、ランタンの描かれた黄色い看板が。プチレストラン ヒュッテだ。山小屋のような雰囲気の気取らない店内で、アルミホイルに包まれたアツアツのハンバーグをいただくことにしよう。
 体の芯から温まったところで旅を再開。木下街道を北上し、中山小学校手前の路地を左に入り住宅街を抜けて子之(ねの)神社へ。急な石段の参道を登ると、目の前に鮮やかな朱色の拝殿が現れる。小さな境内からは、北方の町並みが一望でき、遠くに東京スカイツリーも見える。なかなかの絶景だ。
 神社の脇参道を下り、木下街道に戻ろう。
 南下して東山魁夷記念館先の路地を左に入り、400メートルほど歩けば法華経寺だ。広大な境内には日蓮を祀る比翼入母屋造りの祖師堂をはじめ、五重塔や法華堂など国の重要文化財が建ち並ぶ。元和8年(1622年)創建の五重塔は、江戸時代初期の様式をとどめる千葉県内唯一のものという。
 法華経寺は荒行の聖地でもある。2月10日の成満会(じょうまんえ)では、未明から多くの檀信徒が詰めかけ百日間の修行を終えた荒行僧を出迎える。
 境内を抜け、旅の終着点である法華経寺発祥の地・奥の院に行こう。
 奥の院は、後に出家し日常と号する、日蓮に帰依した若宮の領主富木常忍が文応元年(1260年)若宮館の中に法華堂を建てたのが始まりという。その日常の御廟所がここにあり、その前には素晴らしい紅梅が枝を広げる。そろそろ花の見頃を迎えることだろう。

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