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流鉄線

みりんで栄えた流山

一茶双樹記念館

一茶双樹記念館の双樹亭と庭園

 「沿線みて歩き」は、鉄道沿線にあるミュージアムや資料館、史跡などをシリーズで紹介します。本紙を手に見て歩くだけでなく、ちょっと寄り道して周辺の町並みも散策――電車に乗ったところから始まる郷土探訪お勧めの旅です。第1回は首都近郊にあってローカル色に彩られた流鉄流山沿線を訪ねます。

 

一茶双樹記念館の石

庭園の風情を醸し出す大石

流山駅構内

車窓から見た流山駅構内

流山市立博物館

流山市立博物館内のみりん関連コーナー

萬満寺境内

中気除不動尊霊場・法王山萬満寺

大しめ縄

赤城神社の大しめ縄

新松戸資料館

新松戸郷土資料館の高低差がある古地形模型。同館の見どころの一つ

流鉄線

1日約9000人が利用する流鉄。全車両西武鉄道から購入された

5.7キロ、6駅を12分で走る流鉄

 流鉄流山線は、常磐線に乗り換えられる馬橋駅と流山駅の間、5.7キロを12分で走るミニ私鉄だ。黄、青、橙、若草色と色鮮やかな車両が特徴で、それぞれ一般公募で名付けられた「なの花」「青空」「流星」「若葉」の愛称が。つくばエクスプレスなどの開通で利用客は4割ほど減少したものの、地域になくてはならない生活路線“流鉄”として親しまれている。
 流鉄は地元の有力者によって、大正5年(1916)に流山軽便鉄道の形で開通。陰りを見せ始めた舟運に代わり、物資輸送の一翼を担った歴史が秘められている。
 駅に着くと「電車が発車しまあ~す」と駅員が改札口の外に出て声をかけてくれた。券売窓口を見れば、ちょっと懐かしい厚紙の切符(硬券)が並んでいる。誕生や結婚の記念日に、年月日の数字合わせに、求める人もいるとか。子ども向けのパズルやバッジ、ストラップなどの流鉄グッズも販売。構内は温かなローカル色に包まれている。
 沿線には名所が点在、電車を眺めながらの散歩も楽しい。

みりん関連充実流山市立博物館

 みりんは今、料理に欠かせない調味料となっているが、かつては甘い酒として飲用されていたとのこと。流山のみりんは江戸時代後半、江戸で飲用され人気を博したことを、知らない人も多いのではないだろうか。
 1782年と1814年、五代目秋元三左衛門と二代目堀切紋次郎がそれぞれ白みりん「万上みりん」、「天晴(あっぱれ)みりん」の製造に成功。江戸川の水運によって大消費地江戸へ運ばれ、関東一円に広まった。生産は順調にのび、明治にはその名を馳せ、黄金期を迎えることに。
 こうした郷土の歴史を、古代から近代まで一堂に常設展示しているのが流山市立博物館(流山駅から徒歩7分)だ。
 「白みりん発祥の地」コーナーには万上、天晴みりんのラベルと焼き印、30石の仕込み桶などがずらり。みりんに関する資料がこれほど揃った博物館は珍しいという。
 明治の一時期、この地に葛飾県、印旛県の県庁があったことなども教えてくれる。
 2月7日(日)から4回シリーズで古文書講座がスタート。子ども教室の「ミニチュア埴輪づくり」は2月14日(日)に、「古代のアクセサリーづくり」は3月13日(土)に開催。
 問い合わせは同館(電話/04-7159-3434)へ。

俳人の交友記す一茶双樹記念館

 平和台駅から江戸川方向へしばらく歩くと閑静な住宅街にひっそりと佇む一茶双樹記念館がある。双樹とは、先に述べた秋元三左衛門の俳号で、小林一茶とは俳句仲間。一茶は双樹を頻繁に訪れ、ここを拠点に下総の俳諧仲間を頼って歩いた。
 記念館は、秋元家の安政年間の建物を解体修理した双樹亭、枯山水の庭園、句会や茶会などに利用できる一茶庵、往時の資料を展示する秋元本家からなる。
 庭には、流山の洪水後の様子を詠んだ「夕月や流残りのきりぎりす」の句碑がある。

地名縁の赤城神社、古刹萬満寺

 同記念館から約300メートルの赤城神社は、標高15メートルほどの赤城山に祀られている。上州(群馬県)赤城山の一部が流れてきたという流山の地名発祥伝説を持つ。鳥居に掲げられた大しめ縄は何と約700キロ。秋祭り前、10月10日前後の日曜日に大しめ縄行事が行われる。
 小金城趾駅に降り立ち、大谷口歴史公園を散策してみよう。中世の豪族、高城氏の小金城の跡で、城は南北600メートル、東西800メートル、県下最大級の規模。遺構の一部を復元した公園からは実際の広さは体感できないが、公園内に建つ石碑の地図が往時を物語ってくれる。
 馬橋駅周辺では、旧水戸街道沿いの名刹・法王山萬満寺が見どころ。中気除け唐椀供養や仁王尊の股くぐりといった珍しい行事でも有名だ。
 鎌倉時代の小金城主千葉介頼胤が開いた大日寺(真言律宗)が始まり。千葉介満胤の時代の1379年に関東管領足利氏満と、三代将軍足利義満の「満」の字をとり、臨済宗萬満寺に改宗したといわれる。仁王門の木造金剛力士立像は運慶作と思われ国重要文化財。阿弥陀如来は創建以前の藤原の作と伝えられている。
 日曜日に坐禅(ざぜん)会が行われており、座り方や所作・読経の指導も。
 問い合わせは同寺(電話/047-341-3009)へ。

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