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木下街道①

開発進む千葉ニュータウンに消える古街道 街道をたどり白鳥に会う

本埜の白鳥

本埜の白鳥/水田に650羽ほどの白鳥が羽を休める。多くはコハクチョウだがオオハクチョウの姿も

 江戸時代に整備された街道は、物資の輸送や参勤交代、また人々の交流に利用されてきました。こんな街道の現在の姿を生活の“足”である路線バスで訪れます。今回は県道59号・市川印西線にその名が残る木下街道の白井から木下です。

 

長楽寺

長楽寺/大森坂上バス停から10分ほど。天台座主二世の慈覚大師によって承和年中(834~848年)に創建されたと伝わる古刹

長楽寺の梵鐘

長楽寺の梵鐘/印西市教育委員会が設置した案内板によれば、梵鐘の高さは80.5cm、口径48.6cm。現在国内にある梵鐘の中でも優れたものとのこと

ちばレインボーバス

ちばレインボーバス/木下駅行きの神崎線は千葉ニュータウン中央駅から1時間におよそ1本の運行

ナッシー号

ナッシー号/鮮やかな青い車体に市のキャラクター「なし坊」が描かれている。白井駅南口発は7時、10時12分、13時17分、18時42分の1日4本だけの運行。日曜・祝日は運休

3基の石碑

伊勢宇橋の碑

伊勢宇橋の碑/白井橋のたもとにある3基の石碑の真ん中。右側の土地改良記念碑に寄り添うように建つ小さな碑

神々廻市民の森

神々廻市民の森/木下街道と白井運動公園の間、市民プールバス停近く

利用客多い市民の足で古街道に

 「木下街道」は、江戸の頃から銚子で水揚げされた鮮魚などを運ぶためのルート、また鹿島・香取・成田への参詣道として広く利用されてきた。今回の旅は白井駅からスタートすることにしよう。
 木下街道をたどる最初の路線バスは、白井市循環バス「ナッシー号・東ルート」。白井市役所を起終点に、市内の公共施設を巡回するコミュニティバスである。駅南口からバスに乗り、中継点の千葉ニュータウン中央駅を目指そう。
 駅を出発したバスは起点の市役所を再度経由し、いよいよ木下街道に入る。国道16号を越えると、そこはかつて賑わった白井宿。奥澤整形外科バス停にほど近い鳥見神社には、正徳3年(1713年)に建立された石造りの明神鳥居がある。市内で最も古く、市の指定有形文化財だ。
 街道を少し進むと、右手に歴史を感じる旧家があり、その先、白井橋のたもとには伊勢宇橋の碑が建つ。江戸後期、江戸浅草の豪商・伊勢屋宇兵衛が父の供養のため、故郷の常陸国江戸崎から江戸日本橋に通じる道筋に造った100の石橋の一つで、かつて神崎川にかかっていた石橋は86番目にあたるそうだ。
 バスは一旦街道をそれ、白井運動公園に寄り、再び街道に戻る。狭い街道を進むと、ほどなく清戸道交差点。古街道はこのまま千葉ニュータウンへ向かうが、現在は消滅している。バスは交差点を右折、ニュータウンの街並みを縫うように走り、千葉ニュータウン中央駅北口に到着した。

少し足を延ばし白鳥の飛来地へ

 千葉ニュータウン中央駅北口から南口へ回り「ちばレインボーバス・神崎線」で木下駅へ向かおう。
 駅周辺の新しい街並みを抜け、県道4号・千葉竜ヶ崎線に入る。泉新田バス停手前から古街道に合流。北上すると、両側に造成工事中の原野が広がる。まだまだ開発中なのだと実感できる風景だ。
 鹿黒橋を渡り、急な坂を上りきったところがかつての大森宿。大森坂上バス停の右側一画が大森陣屋跡と伝えられている。街道左手の小道を10分ほど歩くと、この地で戦死した淀藩士の墓石が残る長楽寺に着く。ここには県指定有形文化財の梵鐘があり、案内板によれば、この梵鐘は大森郷の檀那・森内家吉が応安2年(1369年)に寄進したものとのことだ。
 坂を下った大森坂下バス停近くの街道右側には、馬頭観世音碑が建つ。その先、古街道は国道356号を渡り少し続くのだが、大きな工場で途切れてしまう。路線バスでたどる古街道の旅はここまで。
 バスは国道を右折、木下駅に到着。駅から東に15分ほど歩いた利根川堤防上に、木下河岸(きおろしがし)跡の案内板が。今回の旅の終点だ。

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 木下まで来たのだから、全国的にも知られる白鳥の飛来地を訪ねてみよう。
 JR成田線で木下駅から1駅の小林駅へ。駅北口からおよそ3.2㎞の水田が飛来地だ。本埜第二小学校を目標に訪れるとよい。印西市のホームページ(www.city.inzai.chiba.jp)に飛来地までの地図が掲載されているので参考に。地元の白鳥を守る会が朝と夕方に餌をまいていて、夕方の餌やりは16時。この時間に合わせて白鳥たちは水田に戻ってくる。

エリア情報

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