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房総往還①

埋め立てで海が遠くなった古街道 古社が残る街道をたどる

飯香岡八幡宮の放生池

飯香岡八幡宮の放生池/表参道左手にひっそり佇む池。江戸末期頃は、鳥居の前まで海岸だったという。大祭の時に放魚が行われていたそうだが、海岸線が遠のくにつれ放生池としてその名残をとどめることに

 房総諸藩の参勤交代や江戸内湾の防衛に重要であった房総往還。船橋で成田街道と分岐し、木更津を経て館山に至る房総の主要道でした。内房をたどる長い旅ですから、3回に分けて訪ねることにします。1回目の今回は千葉から姉崎です。

 

飯香岡八幡宮

飯香岡八幡宮/正面に見える拝殿は県指定の有形文化財。拝殿裏手にある本殿は国の重要文化財

姉埼神社の御霊泉

姉埼神社の御霊泉/景行天皇40年(110年)に創祀されたと伝わる姉埼神社。二之鳥居から左に小道を進んだ先にある湧水。「この水を用うる者は百歳の長寿を保つと伝えられる」と案内板に。多くの人が水をくみに訪れる

波渕バス停前の地蔵堂

波渕バス停前の地蔵堂/「かつてこの地に大火があった際、この地蔵堂で延焼が止まった」と地元の方から伺った。なるほど、堂の銘板に焦げ跡がある

小湊鐵道バス

小湊鐵道バス/千葉駅から八幡宿駅への「千21系統」はおよそ1時間に3本、八幡宿駅から姉ケ崎駅へ行く「八21・22系統」も1時間に3本程度の運行

寒川神社手水舎の龍

寒川神社手水舎の龍/手水鉢にとまる勇ましい龍の口から水が出る

村田川渡船場跡

村田川渡船場跡/村田橋バス停の近く。現在は埋められ公園に

源頼朝との伝承を残す君待橋

 旅の始まりは千葉駅。駅前広場のバス乗り場で「小湊鐵道バス・千21系統」に乗り、八幡宿駅を目指そう。
 近代的なビル群の間を通り県庁前バス停に。千葉県庁構内の羽衣公園には、千葉氏ゆかりの伝説が残る羽衣の松がある。ちなみにこの松は、昭和60年に記念事業の一環として復元されたそうだ。
 バスは県庁先で右折、本千葉駅を過ぎ寒川大橋バス停先の君待橋之碑で左に曲がり、古街道に合流する。かつての君待橋には数々の伝承が残るが、その一つは治承4年(1180年)千葉常胤一族が源頼朝を出迎えた場所というもの。また、悲しい恋の伝説も残されている。
 次の港町バス停の先に、御浜下りで知られる寒川神社が鎮座する。神輿を海上渡御する勇壮な御浜下りは、昭和39年の出津海岸の埋め立て以降途切れていたが、平成12年に復活。8月20日の例祭に行われている。
 蘇我駅を過ぎ、蘇我比咩神社を左に見てしばらく進んだ浜野バス停の手前でいったん古街道を外れ、浜野駅にバスは向かう。
 再び古街道に戻るのは国道16号の駅西側交差点。左折した先、村田橋バス停近くの公園に、村田川渡船場跡の案内板がある。かつての蛇行していた村田川は下総国と上総国の国境だったそうだが、埋められ公園に整備された。この辺りの現在の市境が入り組んでいるのは、その名残なのだろうか。

門前町として繁栄した八幡宿

 商店が並び、賑やかになってきた頃、バスは飯香岡八幡宮を右向こうに見ながら交差点を左折、八幡宿駅に着いた。
 駅名にもなっているように八幡宿は、飯香岡八幡宮の門前町で、宿場としても栄えた。その地名の由来ともなっている飯香岡八幡宮、案内板には「社伝によれば白鳳4年に創立されたといわれ……」と書かれている。白鳳年間といえば7世紀後半にあたる。本殿は国の重要文化財で室町時代のもの、拝殿は元禄4年(1691年)頃造立された千葉県の有形文化財。また、境内で見事な枝振りを見せる「夫婦銀杏」も、千葉県指定の天然記念物だ。
 八幡宿駅で「小湊鐵道バス・八21系統」に乗り換え、古街道の旅を続けよう。
 しばらく進むと、不思議な出来事のあった地蔵堂が建つ波渕バス停でクランク状に曲がる。この先が、かつて養老川河口の港としても賑わった五井宿だ。
 五井陣屋跡である五井駅を抜け、新養老橋を渡り左折すると出津バス停。このバス停から400メートルほど養老川沿いに北上すると、戊辰戦争の際に徳川義軍と官軍が川を挟んで戦ったと刻まれた史跡標柱がそこにある。
 古街道を進み、JR内房線を越えれば、今回の旅の終点はもうすぐ。5分ほど走れば姉ケ崎駅だが、途中の大道下バス停で降り、南西に600メートルほどの姉埼神社に立ち寄ることにしよう。
 姉埼神社は木の生い茂る小高い丘の上に鎮座する。急な石段を登った先に境内が開け、重厚な社殿がそびえる。昭和60年に焼失したため新たに建て替えられた社殿だそうだ。
 旅のしめくくりは1900年枯れたことがないという湧水「御霊泉」。多くの人がその水を求め、今も訪れている。

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