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日光東往還②

鉄道に沿うように伸びる古街道 街道から望める運河の景観

利根運河

利根運河/明治23年(1890年)6月に竣工した利根川と江戸川を結ぶ水路。船運の全盛期には大動脈として活躍したが、鉄道輸送の発達によって衰退。現在は運河水辺公園となり、水鳥も遊ぶ憩いの場に

 6回シリーズで千葉県最北端の関宿から南東の東金まで、歴史ある神社仏閣や町並みを見ながら、ゆっくり古街道を歩きます。2回目となる今回は、初回から続く「日光東往還」を野田市・梅郷から南柏までたどる、およそ14kmの旅です。

 

諏訪神社

諏訪神社/拝殿前左右の狛犬は長崎平和祈念像の作者・北村西望の作。他にも数多くの作品が境内に展示されている

豊四季みどりの広場

野馬土手跡

豊四季みどりの広場/旧日光街道入口交差点手前の道を右に入った住宅街の先にある緑地保全地区。奥には野馬土手跡(下段)が長く伸びる。往時にタイムスリップしたかのような風景が広がる

永寿稲荷神社

永寿稲荷神社/柏市消防団第2方面第7分団の傍にある。境内に「開拓記念碑」と「木釘記念碑」と刻まれた石碑が建つ

海福神社

海福寺/境内には恵比寿尊をはじめ七福神が勢揃い。ここだけで七福神めぐりができる

駒形神社

駒形神社/応永6年(1399年)創建。源義家が奥州出陣の際に立ち寄ったとの伝説が残る。境内にはさまざまな馬が描かれた石板も

浄信寺

浄信寺/落ち着いた雰囲気が漂う境内。天正6年(1578年)創建

繁栄した運河も今は親水公園に

 前回(2012年1月20日号)は、日光東往還の県内最北端の宿場・関宿から梅郷(山崎宿)まで歩いた。今回の旅は、東武野田線・梅郷駅から続けることにしよう。
 駅を出て南西に、古街道は現在の流山街道と重なる。前回紹介した木製の常夜灯を右に見ながら進み、野田市山崎の交差点を過ぎて右の小道へ入る。200メートルあまりのところに海福寺が建ち、境内には恵比寿尊をはじめ、全ての七福神が揃っている。同寺の案内板には、七福神の起源については諸説あるが、徳川家康から相談された天海僧正が、教典にある「七難即滅、七福即生」から思いつき、家康が祀ったのを始めとするのが正しいらしい、とある。
 古街道に戻り、500メートルほど進んだ右側の奥に国の指定史跡・山崎貝塚が広がる。縄文時代中期から晩期の集落跡という。
 古街道はゆるく右にカーブ。目の前に利根運河が見えてきた。利根川と江戸川を結ぶこの運河は明治23年(1890年)、オランダ人技師・ムルデルの設計監督で竣工。運河横に設置された解説板によると総延長は8キロあまり、河底の幅18メートル、平均水深は1.6メートルであったという。
 最盛期には、年間3万7000隻以上の舟が行き交う物資輸送の大動脈だったが徐々に衰退。完成から120年以上たった今、景観も楽しめる親水公園として憩いの場になっている。

住宅街の奥に伸びる野馬土手跡

 運河駅を過ぎ、右に見えてくるのが駒形神社。躍動感あふれる馬の銅像が迎えてくれる。ここには、源義家が奥州出陣の際に立ち寄ったとの伝説がある。
 東深井の交差点先で、古街道は右の小道へ。二重のクランクを抜けて流山街道を横切り、右に慈眼院、左に浄信寺を見ながら行けば江戸川台駅だが、駅前の住宅街で古街道は消滅する。駅に向かい、線路沿いを右へ。並木の遊歩道が整備されているので、ここを歩くことにしよう。
 遊歩道を抜けたところから古街道が復活。そのまま進み突き当たりを左、すぐ右に曲がり、常磐自動車道を越えれば初石駅。西初石ふれあいの森先を左に入った住宅街の中にオランダ観音がある。小さな馬頭観音は、延宝4年(1676年)の建立、この地で死んだオランダから輸入されたアラブ馬を祀っているという。
 古街道は、流山おおたかの森駅に吸い込まれるように消滅。駅を越えたところから復活する。その先、県道278号を左に曲がれば長崎平和祈念像の作者・北村西望作の狛犬や源義家献馬の像がある諏訪神社、右に曲がった稲荷神社境内には「開拓記念碑」と「木釘記念碑」が建つ。
 豊四季駅を過ぎ、しばらく歩くと国道6号にぶつかる。旧日光街道入口交差点だ。手前の路地を右に入った住宅街の先には、豊四季みどりの広場が広がる。柏市と流山市の特別緑地保全地区で、奥には野馬土手の跡が長く伸びる。夕方訪れた時には、犬を散歩させる多くの人の姿があった。新緑の季節には、豊かな緑にあふれることだろう。
 国道6号を横切り、跨線橋で常磐線を越えれば、今回のゴール地点。旧水戸街道との交差点で旅を終わろう。

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