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望月悦二郎さん(伝統的工芸品 戸唐木細工江)

代々愛用されつづける唐木家具を修理で甦らせる、それもよろこびです。

幅150cm高さ135cmの紫檀の飾り棚を製作する望月悦二郎さん。磨きはサンドペーパーで行う

幅150cm高さ135cmの紫檀の飾り棚を製作する望月悦二郎さん。磨きはサンドペーパーで行う

 唐木細工とは、紫檀や黒檀などの唐木を用い一切釘を使用しないのが特徴です。非常に硬質なため独自に作られた多くの道具を使ってほぞ組みで仕上げますが、一人前の職人になるには彫り3年・塗り一仕事10年といわれるほど年期が必要です。唐木職人4代目を継承する望月悦二郎さんを野田市の工房に訪ねました。

望月 悦二郎さん

望月 悦二郎さん
 1943年生まれ。15歳から3代目唐木職人である父・望月塩四郎さんのもとで家業である唐木細工の修行に入り、32歳で4代目となる。唐木細工の盾など現代生活にマッチした商品を開発、数々の意匠登録を持つ。父が昭和28年に発明したほぞ組みの構造を再現できる唯一の職人。
住所/野田市上花輪新町31‐8

 
 

総本紫檀の飾り棚。飾るものを引き立て、棚自体にも存在感があるようにデザインされている

総本紫檀の飾り棚。飾るものを引き立て、棚自体にも存在感があるようにデザインされている

(左)三重香台 (右)唐木細工のかんなは独特。大工のそれとは異なり刃が立った矩(かね)勾配で、かんなくずは粉となる

(左)三重香台 (右)唐木細工のかんなは独特。大工のそれとは異なり刃が立った矩(かね)勾配で、かんなくずは粉となる
野田に伝わる伝統工芸
  • ◆木工挽き物/駒田照さん
    ろくろの回転を利用した木工挽き物をつくるこの道65年のろくろ細工職人。菓子鉢、ミニチュア臼、こけしなどの置物を製作している。
  • ◆野田和樽/玉ノ井芳雄さん・菅谷又三さん
    野田は日本でも有数の醤油の街で知られ、かつてはその容器として「野田樽」が発展した。今では、新しい容器に変わり和樽職人も少なくなってきた中で、二人は江戸時代に伝わる醤油樽の製作技法を守り続けている。

硬質ゆえのほぞ組み

原木の厚みからくりだして造られた高級仕上げの座卓。足の彫刻も職人芸

原木の厚みからくりだして造られた高級仕上げの座卓。足の彫刻も職人芸

 工房「唐木細工 望月」は東武野田線・野田市駅から徒歩15分、閑静な住宅街の一画にある。
店内には、飾り棚や盆栽棚、座卓などの家具から、家紋用額や人形ケース、すずり箱の日用品まで、重なるようにして展示されている。
 唐木の上品なつやや重厚感、温かなぬくもりが伝わるこれらすべてが、望月悦二郎さんの手によるもの。釘を一切使わずにほぞ組みで仕上げられている。住宅の洋式化や製作の機械化が進む現代にあって、まさに職人芸といえる。望月さんは、明治20年創業以来の家業を継承する4代目。全国でも珍しい江戸唐木職人だ。
 唐木とは、白檀、紫檀、黒檀、鉄刀木(たがやさん)、花梨の総称。インドシナに産する。奈良時代、遣唐使がこれらの工芸品をもたらしたことがその名の由来。「日本に唐木が入ってくるようになったのはインドの綿貿易に関係がある」と望月さん。
 「綿は軽く船が不安定になるので、普通の木より比重が重い唐木を重し代わりにタイで積み、インドで綿を輸入してきた。本当に唐木屋が登場し始めたのは明治中期以降と思われます」
 唐木は木のダイヤモンドといわれるほど硬く、釘が打ち込めないことから様々なほぞ組み構造が生まれた。故先代・父の塩四郎さんは、昭和28年にほぞ組構造で特許を取得。「親父のほぞ組みができるのは私一人となりました」という望月さん自身も、用途の多い盾を考案。複数の意匠登録を持つ。

 

技術を生かし修理も

 望月さんは15歳で父の塩四郎さんのもとで修行を始める。初めての仕事は花台。「“習わぬ門前の小僧”なのでいきなり全工程をしたんですよ」。デザイン、木取り、削り、磨き、漆塗りまで丹念に一貫して行う。時には飾りの彫刻も施す。使う道具も独特。胴付き鋸(鋸身が薄く背に金をはめ込んだ鋸)や、かんな、木やすり、のみなど様々なサイズ、種類があり、それを作るのも仕事のうち。
 「父はほかの職人には教えても私にはただやれというだけ。ずーっとそれで通してきた。技術は盗んで覚えたものです」
 32歳で家業を任される。「父に仕事でほめられたことはなかったが、本『家作の職人』のインタビューを受けたとき、家には後継者がいるといったんです。私を認めてくれていたんだと知り嬉しかったですね」
 現在は木工製品の修理にも応じている。唐木細工の技術があればこそできること。思い出のタンスの丈をつめ「こんなこともできるの?」と喜ばれた。
 「技術だけ習得してもいいものはできない。センスを磨かなければね」。小学3年生から始め20代で名取になるまで続けた日舞が役立っているという。工房は落語会やステンドグラス、パソコン教室に開放。地域交流の場にもなっている。